果物のお下がりは、我が家はスムージーでいただきます♫

清風寺のホームページをご覧の皆さん、はじめまして!池本良説(いけもと りょうせつ)と申します。このホームページ運営のご奉公をさせていただいております。

清風寺のお坊さんの一人として、様々な角度からお寺やお教務さん(お坊さん)をご紹介できればと思っています。さらには、このホームページをご覧になっているご信者の皆さん、そして一般の方々からのお寺に対する

「実は気になっているけどなかなか直接聞きづらい!」

なんてトピックにも、随時お答えしていければと考えています。

さて、今回のテーマは御宝前にお供えされる「お供え物」についてです。

御宝前にお供えされたお供え物は、その願主が生きた仏様(御本尊)に、あるいは生きた日蓮聖人の御尊像に召し上がっていただくつもりで品を選び、お供えされるわけですが、実際に誰が口にするかというと……やはりその代役を担ってご奉公させていただいているお教務さん(僧侶)になるわけです。法要が終われば、基本的にそのお下がりをお教務さんがいただくことがほとんどです。特に、その法要の導師を勤めたお教務さんが頂戴します。

これに対し、仏様や諸天善神は、私たちのお唱えする「御題目の声」をお聞きになるのを何よりお喜びになります。世の一人でも多くの人たちが御題目を唱え、皆が幸せになる……これを何よりお望みになっているからです。この御題目の「声」を、食べものに譬えて「御法味〔ごほうみ〕」と呼びます。この御法味を、お供え物の代わりに召し上がっていただくのですね。

仏様の召し上がり物は「御法味(御題目口唱の声)」、お教務さんが口にするのは「お供え物」ということですね。

仏様がお姿をお隠しになったあと、その残された教えが生きた仏様そのものであり、その教えをさらに私たちに正しく伝え残してくださったのが日蓮聖人でした。日蓮聖人も一人の人間でしたから、食べものを食べないとその命をつなぐことはできません。日蓮聖人の命が絶えるということは、仏様の命が絶えるということ。さらには、その教えを受け継ぎ、御弟子として代わりにご奉公させていただいている本門佛立宗の教務(僧侶)の命が絶えるということは、日蓮聖人の命が、仏様の命が絶えるということ。

ゆえに御宝前にお供えものをさせていただいて、そのお下がりを頂いたお教務さんが活力を得て、また明日から教えを弘めて人を救うご奉公に励むことができれば、そのお供え物の願主は、仏様、日蓮聖人の命をつなぎ、またその御恩に報いることができるわけです。それゆえ、お供え物の功徳は大きいということが言えます。

ところで、お供え物と言えば、世間で最もよく目にするのがフルーツあるいは野菜ではないでしょうか。先日の開導会(夏のお会式)でも皆さんお気づきになりましたでしょうか、内々陣の右側に大きなフルーツと野菜の盛り籠がお供えされていたのを!

果たしてこのスイカをマンゴー(?)で囲う盛りつけ方は、特別な何かを意味しているのでしょうか。。。

私たち一家は皆フルーツが大好きですので、フルーツのお供えのお下がりを頂くと、とても嬉しいんです♪

しかし、たまに法要を立て続けにお勤めし、フルーツのお下がりを大量に頂くときがあると、誤ってそのいくつかを腐らせてしまうことがあるんです。

そうならないように……我が家ではすぐに果実を一口サイズにカットして、冷凍保存するようにしています。それを後日、少しずつスムージーにしていただいていくんですね。

果実がもともと凍っていますから、氷を入れる必要がなく、果実をポンポンッと入れてミルクを流し込めばすぐに新鮮なスムージーができてしまうんです!いつもいろんな味を楽しんでいます♫

私の妻はポーランドからやってきているので、いつも「日本のフルーツは高い!」と言っては、あれこれ買うのをあきらめていますから、ご信者さんから頂くときは本当に喜んでいます。なんせポーランドは10キロのリンゴまとめ買いで150円くらいですから(私が2年前に行ったときには)、日本は1つが200円くらいですよね?確か。それは怒りますよね。。。

私がフルーツのお下がりを持って帰ると、娘もいつも「見せて見せてー!」と喜んでくれます。

ということで、今回はお供えにまつわるお話を少しと、そのいただき方の工夫についてでした。それではまた次回!サヨーナラー。

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